ミニマリズムの原点。ソローの「森の生活」レビュー

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キッカケは何だったろう?

確か山に登りたいと思い始めたとき、気になっていたガレージブランド「山と道」のCEO夏目氏がバイブルと呼んでいた本があるとのことで気になって調べたところからだった。

本書、ソローの「森の生活」という本は、ミニマリストのバイブルとしても名高い、生活をミニマライズすることによって時間的余裕を得ることができることをソローの実際の体験記としてまとめた本であり、ここに書かれていることは人間の生活の本質的な部分に迫る内容になっている。

ただモノを減らしていくのではなく、生活の本質に迫ることで自然と無駄を省いていけるようになることが本書の目指すところであり、ぼくたちが目指すべき暮らしのあるべき姿なのだと思う。

ミニマリストになることが目的なのではなく、現在の生活が何かだぶついているような気がしている人はぜひ一読してみてもらいたい。

目次

生活をミニマライズすれば時間的余裕が生まれる

ソローは生活をミニマライズすることで時間的に余裕が生まれると紹介している。

思えばぼくたちの生活は色々な面ではとても豊かになったけれど、言い換えると過剰にもなっていると言えると思う。そんな中で2つの”過剰”についてソローはミニマライズする方法を教えてくれたので紹介しようと思う。

食のミニマリズム

食事をミニマリズムとは決して我慢することではなく、自然と食べる量が少なく済むような生活をすることが重要だという。

ぼくたちの生活はあくせく働いては忙しなく食事をする、そんな毎日を送っている人も少なくないと思う。頑張って働くと、それだけ腹ペコになってしまう。ソローはそんな生活は望んでいないという。

ソロー流の食のミニマリズムとは働く量を減らして腹ペコにならないようにすることだった。

何もしなければお腹も空かず、食べる量も少なくて済む。食べる量が少なければ食事にかかるお金も減るし、病気にもかかりにくくなる。

ぼくたちの生活はまさに食事が”過剰”になっており、そこを本来必要な分にだけ戻すというようなイメージ。

これは決してダイエットをしろ、という話ではなく、働きすぎをやめて、必要な分だけ食べる毎日を送ること、無駄に肉やお菓子を食べるのではなく、本当に必要なものを食べるように心がけること。これが肝要だ。

頑張って働かなければたくさん食べる必要がなくなる

それともうひとつ、ぼくたちの生活で過剰になっているものがある。

情報のミニマリズム

ぼくたちの生活にはありとあらゆる情報が溢れている。

ぼくがやっているこのブログのあるインターネット、テレビ、雑誌、ラジオ、ありとあらゆるものからは世界各地の情報を流している。

ソローはこういう自分に関係のない情報は全てゴシップだという。

噂話のような確かめようもない情報を知ったところで何もならない、芸能人の不倫問題などを知って感情を動かされるくらいなのであれば最初から見聞きせずに穏やかに過ごすことの方が重要だという。

これはぼくもその通りだと思った。

ニュースやテレビでは感情を揺り動かされるような衝撃的な内容のものが多く、それらは知ったところで自分の生活に何か役に立つということがないし(次の日の雑談に使えるくらい?)、毎日毎日その繰り返しで昔のことの出来事などすぐに忘れてしまう。

本当にこういう情報は必要なのだろうか?

ゴシップは見聞きする必要などないから全てをシャットダウンする。ソローはそのために森での生活を始めたワケなのだが、全く下界の情報が入ってこない環境はとても感情を揺れ動かされずに集中ができ、小説を書き上げることができたという。

つまりそれだけぼくたちは周りの噂話によって本来持つべき集中力を失っているかもしれないのだった。

世に溢れる情報のほとんどは自分には関係ないこと

時間的余裕は心の余裕につながる

ここまでミニマライズするべきポイントを紹介したけれど、これを実践すると多くの時間的余裕が生まれることにすぐ気付くことができる。

時間的余裕は心の余裕につながる。急いでいる時よりもゆとりを持った生活の方がどんな時でも落ち着いて行動ができるもの。

Han

心の余裕が生まれるとどうなるのだろう?

孤独が満ち足りるようになる

孤独とはなんだかとても寂しいような気持ちのする状態だけれど、ソローは決してそんなことはないという。

ソローが森で暮らし始めた時、そしてそれはもちろん一人で始めたワケだが、それでも寂しさは感じなかったという。

森の動物たち、木々の間と通りぬける風、猛々しい嵐の息吹、それら全てに耳を傾け体を預けた時、それらは決して敵ではないことを知る。

ぼくたちはどこにいても決して孤独なんかではない。人間同士で交際をし続けていなければ孤独になってしまうと思うのは間違い。もっと仲間は身近にいて、それにたくさんいることを知るべきだ。

まさに森を構成するもの全てが自然であり、自然は決して敵ではない。

孤独とは自分自身を深く理解することができる瞬間

ソローの「森の生活」を読んで

この本を読んで思ったことはぼくたちの生活はぼくたち人間の手によって形作られてきたものだということで、それは自然に進化していったものとは少し違うということだった。

生活全てがオートメーション化することでぼくたちは自分の肉体の機能以上のことをいくらでもできるようになった反面、失ったものもいくつかある。

それは自然の中に身を置いたときに思い出されることで、ぼく山に籠ったときにはふと「懐かしさ」を感じることがしばしばある。

この「懐かしさ」こそぼくたち人間の根源的なものであると思うし、ぼくたち進化の本流はここにあると思う。

その正統派の人間を取り戻すためには脱人間社会をする必要があって、それをするには森での生活が一番手っ取り早かったというのだった。

脱人間社会のためには今現在知らずしらずのうちに”過剰”になっている部分のミニマライズをする必要があって、捨てることによって得られるものがあることを気付けるのが本書だ。

自然と触れ合うことは自分の深い部分を知ることができる。

そういう意味でも山登りというのはインスタント自分探しの旅なのかもしれないと思った。「山と道」のCEO夏目氏がいつも持ち歩いている理由がわかった気がした。

  • 頑張って働かなければたくさん食べる必要がなくなる
  • 世に溢れる情報のほとんどは自分には関係ないこと
  • 孤独とは自分自身を深く理解することができる瞬間

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